madamadaganbarusiniaのブログ

シニアのひとりごと

友人の

ご主人が昨日亡くなりました。ずっと肺が悪くって2月位から入院されていました。
OL時代の同期グループでしたが、それぞれのご主人も巻き込んで
ワイワイBQとかしていた仲間だったのでショックです。
また一人いなくなってしまった・・・・


この頃友人知人がどんどんいなくなって最後の一人になったらどうしようと
思ってしまいます。誰もいなくなるってとてつもなく不安になると思う。
そうなった時自分はどう生きていくんだろうと時々思います。


誰かと一緒にいて楽しかった記憶があるからきっとそう思うんでしょうね。
そういう過去がなければ、「こんなもんか」って逆に一人を
楽しめるんだろうけど、自分には無理かなあと思う。


よく無茶をいうご老人がいますが、きっとそれまで誰かと関わりがあって
それが楽しい過去があったから、その記憶を辿り自分を
認識して欲しくって理不尽を言うんだと思う。


今は比較的冷静に自分をみてると思っているけどこれからはわからない。
でも生き抜くしかない

誕生日

また来ちゃいました。誕生日が(笑)


もうこの年齢になると誕生日なんて嬉しくもないけど
「あーーまた誕生日か」という諦めに近い感慨深いものを感じます。
自分に子供がいないので、子供の成長を基準にした時の移ろいを感じる事が
なかったけど、流石に還暦過ぎたあたりから「もうこんな年か」と
「まだまだ」とを右往左往する毎日です(笑)


幸い特に調子が悪いことはありません。強いていうなら血圧とコレステロール値が
高い位ですのでそれは有難い事と思ってます。
ただ、今までそう思ったことはありませんが、若い人にあれやこれやと
口出しする事が少なくなったかなと思います。
若い時ってきっと自分は迷惑な年寄になると思ってました(^_-)-☆
でもいざ、年寄になってみると確かに若い人の傍若無人さが気になる事よりも
同年代の傍若無人さの方が気になります。


空気が読めず言いたい事を吐き捨てる年寄がいますが(読もうとしていないのかもしれないけど)そういう輩の方が同じ年代として「この人はどういう生き方で
これからそうは長くはない人生だと思うけど、どういう最期を迎えるのだろうか」と
老婆心ながら思ってしまいます。
彼等にしたら「余計なお世話」だろうけど、そこは私の好奇心の血が騒ぎます。
でもだからと言ってそういう年寄に「モノ申す」なんて言っても
相手にもされないし、そもそも「戦う相手」ではありません。



どんな最期になるかはそれこそ「神のみぞ知る」です。友人で
「これまで親の事とか色々苦労したからこれからは自分のやりたいようにする」と
公言していました。確かに彼女も苦労したと思いますが、その後始末を
弟さんに丸投げははどうかと思うんです。確かに老後は自分の好きなようにって
良いと思います。事実私もそうさせてもらってますが
都合の悪いことは誰かに丸投げは大人としてどうなんだろうと思う。


ボケてしまっているのならそれは仕方ないと思うけどそうでないのなら
自分の立場はちゃんと把握して最期を迎える・・・そんな老人に私はなりたい

パトカー

久しぶりにハンドル握ってちょっと遠出
元来あまり運転が上手ではないんですけど、運転中に自分のすぐ前の車が
覆面パトカーだったみたいで突然サイレン。
わかってるし関係ないけど慌てます。


運転中の救急車や消防車がサイレン鳴らして近づくとびっくりします。
自分の場合補聴器でこれで慣れたのかどうかもよくわからないので
サイレンがなると必要異常に聴こえるようなきがして、思いっきりキョロキョロして
ただでさえ運転下手なのに更に下手。
きっと周囲の車に迷惑かけてると思う。


今月でもう67になります。この先いつまで運転できるのか本当に怪しいです。
近所にもたぶん80オーバーだと思うご老人が運転しているのを
時々見かけますが、大丈夫なのかなあとマジ思います。
自分は大丈夫と言い切れるのも時間の問題です。


私には子供がいないから当てはまらないけど「老いては子に従え」と言いますが
子に従うことはできない境遇だから、私の場合は「老いては社会に従え」と思ってます。