祖母語録
祖母は昔人間なので、ろくに学校も行っていませんでした。
祖母が生まれた時、一応第一子でしたが、
代々女の子しか生まれなくって(10代位は女しか
生まれていなかったときいてますが)、
そんな昔の事で男が生まれて初めて妻として入籍するってことが
まかり通るような時代でした。
偶然か奇跡か何代かぶりに祖母の弟が生まれて、
しかも立て続けに弟が3人もです。
そこで晴れて祖母と曾祖母は入籍を認められたようでした。
いまでは考えられないような時代だったんですね。
当然に「女に教育は必要ない」という封建的な時代で、
祖母の実家もそうでしたので、
裁縫学校に通わされていたようでした。
孫の私がいうのもおかしいけど、祖母は勉強家でした。
新聞一面下にある書籍の紹介欄にある本で、
興味がありそうな本を見つけると、買ってきてくれと
よく頼まれました。
料理の本から園芸に歴史に漫画の少女フレンド、
田中角栄さんが好きだったので、
彼の名前をみつけると内容はさておき読み漁っていました。
その中で、祖母の面白いエピをご紹介したいと思ってます。
①
先日のかきましたがティラミスの事で
こんな美味しいもの食べててもムッソリーニの
イタリアは負ける。
沢庵と味噌汁だけではアメリカに負けるのも当たり前
②
知ってる英語はバナナとB29。でも祖母の中でバナナは
略する時は「BNN」でした。
買い物リストに「BNN」とかいてあって
それがわからない母は買わずに帰ってきて怒られたそうです。
③
自分が小学校の時家庭科の運針の練習で祖母に
みてもらってましたが、やり直しだと何も言わず
勝手に糸を抜くので、どこが悪いのか訊いても
教えてはくれませんでした。
口で説明しておぼわるものではないから、
何度でもしなさい・・・とでした。
④
祖父を早くに亡くしていましたので苦労したと思いますが、
もしお化けになってでてきたらどうするか
訊いたことがあります。
とっつかまえて、こてんぱんに文句をいうと言ってました
⑤
青い目の外人さんは全てが青く見えると信じていました(笑)
⑥
祖母がケガをした時があって、そのリハビリの為に初めて
パンツをはくことになって(祖母の下着は腰巻でしたので)
当初は慣れなくって大変のようでしたが
「パンツをはくようになって世界が変わった」と(笑)
パンツごときで世界って変わるんだ(^_-)-☆
そんな面白い祖母でしたが、おじおば達にしたら
小さい時から世話になっていたので、
頭の上がらない存在のようでした。
おばなんて、実家にくるよりも分家である祖母のところに
よく来て、愚痴やら何やら祖母に聞いてもらっていたようで、
その度に子供に聞かせたくない内容なんでしょうね、
私たち子供はお小遣いを持たされて追い出されていました。
だからおじおば達が来る時はちょっと嬉しかったなあ\(^o^)/