桜と築100年の家
先日若かりし頃の桜の思い出をテーマにある方が
ブログを書いていらっしゃいました。
桜に限らないけど、お花は毎年ほとんど同じ頃に咲き始めます。でも寒い冬が終わり一気に春を感じるその瞬間を
桜で私達人間は享受できます。
それも桜は人工的に咲かせることはほとんどないので、
その瞬間を宝石のように思うのは私だけではないと思ってます。ずっと同じ場所で咲き続ける桜もそれまで、
色んな人の感慨深いシーンをみてきたと思います。
良い事もあったでしょう。
悪い事もあったでしょう。
それらとじっと黙って桜は見守ってくれたんだと思う。
たまたまですが、我が家は築100年近くのポンコツ家屋です。元々が祖父の実家はちょっとした商売をしていて、
その祖父の兄弟姉妹が多くって商売の邪魔?になるという事で
建てられた言ってみれば、
子供達の為の遊び場のような家でした。
その家を祖父が結婚した時にもらった家でした。
なので、このポンコツ家はちょっとした歴史があります。
祖父が結婚する前は祖父の姉たちの産屋だったり、
祖父の親の介護の為の家だったり、
戦時中は疎開していた親戚の家財道具の一時預かり所で
あったりで、この家は色んな歴史をじっとみていました。
ご多聞にもれず何しろ古い家なので、
あちこちガタがきています。
何とかして残したいとは思うけど、
残念な事に継承してくれる人がいません。
それは我が家に限ったことではないと思う。
でも色んなシーンをみて守ってくれていた家には
感謝しかないです。
桜も人間の悲哀をじっと黙ってみて、
毎年花を咲かせてくれる、おこがましいけど我が家と
同じだなと思ってます。
ここにも小さな小さな人間の歴史があったんだと思ってます。